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Interview研究者インタビュー

化石資源から再生可能資源への移行により、環境負荷や経済はどう変わるか

CE: 循環経済

CN:カーボンニュートラル

IOA

持続可能な社会に向けて、化石資源の使用を減らし、バイオマスなどの再生可能資源へと移行する動きが世界的に活発化しています。動植物由来の資源であるバイオマスの活用は、持続可能性に寄与するだけでなく、農業や林業の活性化など日本経済の好循環を生み出すことも期待されます。バイオマスから作られるCNF(セルロースナノファイバー)などの次世代素材を使った製品の評価に取り組む菊池康紀氏に、化石資源から再生可能資源に移行したときの環境負荷や経済への影響をうかがいました。

菊池 康紀KIKUCHI Yasunori

東京大学未来ビジョン研究センター 教授

化石資源から再生可能資源への転換において、社会システムへの新たな技術の導入が与える影響をシミュレーションによって評価している。

研究の概要を教えてください

私のもともとの専門は化学システム工学です。その知識を基礎として、石油などの資源から化学物質を生産するまでの工程や化学プラントの設計などについて数理モデルを作り、シミュレーションをして環境影響などを評価しています。

さらに、地域や国、地球全体にまで対象を拡張し、どうすれば環境負荷が下がるか、その状態を維持するためにどのような社会経済メカニズムが必要かなどもシミュレーションして分析しています。カーボンニュートラルの実現など社会の変革が求められていますが、そのための技術や仕組みの導入は社会全体に影響が及ぶため、「やってみたら失敗しました」ということは許されません。しかも、効果が表れるまでには10年、20年という年月がかかります。技術の導入による影響や社会における価値をシミュレーションによって明らかにすると同時に、その結果を政府や企業など、様々なステークホルダーの方たちと共有し、社会を変えていくための活動も行っています。

研究では「化石資源の使用量をどう減らしていくか」を主要なテーマにしています。化石資源は、エネルギー源としてだけでなく、プラスチック製品の原料など様々な用途に使われています。もし将来、化石資源の使用をやめることになったら、太陽光や風力だけではなく、バイオマスなど、再生できる資源を組み合わせる必要があります。再生可能資源を活用するための技術開発の支援や、それを社会に導入していくための活動も展開しています。

また、植物資源由来の製品を製造するためには、農林業が持続することが前提となります(図1)。しかし、現状のままでは農業も林業も課題を抱え持続困難な状態です。バイオマスなど植物資源が真に再生する資源になるためには、持続可能な農林業のあり方についても考えてなければなりません。環境負荷だけでなく、社会経済への影響の評価も行い、ひいては日本の農林業の活性化につなげたいと考えています。

図1:植物資源由来の製品のライフサイクルの概要

植物資源由来の製品製造のためには、農林業が持続可能である必要がある。

化石資源から再生可能資源への移行における環境負荷

再生可能資源を使った製品のLCAとはどのようなものですか

LCAは、製品やサービスに対して、資源の採取から、製品の製造、使用、リサイクル、廃棄において生じる環境負荷を可視化します。私たちの研究では、化石資源から再生可能資源に移行した場合の環境負荷を評価していますが、実は、化石資源を使う場合のLCAも十分にできているとは言えません。

LCAでは、製品を使っているときの環境負荷だけでなく、製品を作る過程で使うエネルギーや、作る過程で生じる廃棄物、また、使った後の製品を廃棄処理するために必要となるエネルギーなど、見えないところまで評価しないといけません。そのためには様々な分野の情報や専門知識が必要になります。現在の化石資源を使う場合のLCAも十分にできていない中、将来の再生可能資源を使う場合のLCAは、さらに難しくなります。

化石資源は、採取できる場所が油田や炭鉱などに限られており、1つの場所から集中的に得られます。一方で、再生可能資源は薄く広く分布し、種類も様々です。日本国内でも農地や森林は至るところにあり、その上、都道府県ごとに植生が異なるので、一口に「木質バイオマス」といっても非常に複雑です。また、例えば、東南アジアなどの熱帯地域に植生するアブラヤシの実からは、食料になるパーム油が得られる一方、パーム油を搾り取った後のパーム椰子殻はバイオマス燃料として注目されています。こうしたプロセスや国の事情まで含めて製品の環境負荷を評価しないといけないため、再生可能資源のLCAはきわめて難しいのです。

具体的にどのようにLCAを行っていますか

現在すでに作られている製品に関しては、各種データベースもあり、ある程度データを集めることができます。しかし、今は化石資源から再生可能資源の使用に移行しようとしている最中なので、再生可能資源を使った製品のデータは現時点では限られています。まだ世の中にない製品の環境負荷をどうやって評価するのかが、研究の重要なポイントになります。

開発中の製品については、実験室レベルで実証実験が成功していたり、新しい技術の特許が取得されていたりします。そこで、大学の研究室や企業の研究所に直接うかがって、実験データをご提供いただいたり、実際に計測させていただいたりしながら、データを収集します。そのようにして集めたデータから、実験室レベルの小さな規模で現象として何が起こるのかをまず理解します。

次に、その技術が社会に導入される段階になると、量産化によるスケールアップで、プロセスも技術自体も変わります。その変化分をシミュレーションするための方法論は化学工学など各種工学分野で構築されたものがあるので、工学知を組み合わせ、実験室レベルで行われていたものが社会に導入されたらどうなるかをシミュレーションします。ここは研究として時間がかかるところです。

このシミュレーションが完了すると、実際にこの技術が製品に導入された場合をコンピュータ上でシミュレーションし、将来、目指している社会の中での環境負荷などを評価していきます。つまり、仮想空間で未来の社会の一部を作り出し、そこで製品のライフサイクルをシミュレーションし、環境負荷を評価します。

再生可能資源の活用で注目されているCNF(セルロースナノファイバー)について教えてください

CNFは植物の主成分の1つであるセルロースが原料の新素材です。セルロースをナノレベルに解繊したもののうち、繊維状のものがCNF、結晶状のものがCNC(セルロースナノクリスタル)などと呼ばれています。

CNFの特徴として、高強度で軽いことが挙げられます。CNFは、鉄と比べると、ある条件では強度が8倍で、重さは10分の1と言われています。この特徴を活かして、プラスチックなどに配合して補強する強化繊維としての用途が期待されています。例えば、掃除機のハンドル部分や自動車の部材など、高強度や軽量化が求められる部分にCNF配合材料を使うことが考えられます。

プラスチックに配合する強化繊維としては、現在、ガラス繊維や炭素繊維が使われていますが、CNFのほうが軽い上にリサイクル性に優れています。炭素繊維やガラス繊維を使った強化樹脂は、リサイクルすると強度が落ちてしまい、繊維強化樹脂として再利用することは困難です。一方、CNF強化樹脂は、リサイクルの各工程を経ても強度特性が変わらず、再び繊維強化樹脂として機能することが確認されています(図2)。

図2:リサイクルによる繊維強化樹脂の強度特性変化(出典「環境省:令和元年度 脱炭素社会を支えるプラスチック等資源循環システム構築実証事業(京都プロセスで製造したアセチル化セルロースナノファイバー強化バイオPEの社会実装評価)」)

ガラス繊維強化樹脂はリサイクル工程を経ることで品質が大きく低下するが、CNF強化樹脂はリサイクル工程を経ても品質がほとんど変化しない。

家電や自動車は、リサイクル法により回収のスキームが存在するので、CNF強化樹脂の導入がしやすいと言えます。一方で、包装や容器のように他のプラスチック素材と混ざって回収されるものにCNF強化樹脂を使っても、単体で回収されず、リサイクルしにくいため、現状、包装や容器にはCNF強化樹脂は使わないほうがよい可能性もあります。

また、CNFは炭素繊維やガラス繊維と比べて燃えやすいため、使用後の強化樹脂の焼却処理も容易です。ただし、用途によっては燃えやすいことが欠点となるので、難燃剤を加える必要があります。このため、環境負荷を評価する場合には、難燃剤の使用も計算に含めています。

CNF材料を使った自動車の環境負荷の評価結果はいかがですか

私も参加した環境省のNCV(ナノセルロース・ヴィークル)プロジェクトでは、大学・研究機関・企業の参画により、部材の多くにCNF材料を使った自動車を試作し、走行試験などを行い、様々な分析評価を行いました(図3)。

図3:CNF材料を使った自動車「NCV」(出典「環境省委託事業:NCVプロジェクトHP及びパンフレット」) https://www.rish.kyoto-u.ac.jp/ncv/

22の大学・研究機関・企業の参画により、部材の多くにCNF材料を使った自動車を試作した。

NCVは実験室レベルで試作したものですが、実験室の情報や特許情報などをもとに、これを大規模化して実際に世の中に導入した場合をシミュレーションして、環境負荷を解析しました。その結果、部材の製造段階やリサイクル段階では、従来の自動車と比べてCO2排出量が多少増えるケースがありましたが、軽量化により走行段階での環境負荷が格段に下がることがわかり、ライフサイクルで見るとNCVのほうが環境負荷が大幅に低くなることがわかりました(図4)。

図4:NCVのLCA結果(「環境省委託業務 平成31年度セルロースナノファイバー活用製品の性能評価事業委託業務(社会実装に向けた CNF 材料の導入実証・評価・検証~自動車分野~)成果報告書」p.95の図に説明を付加) https://www.env.go.jp/earth/mat49_kyoto-univH31.pdf

CNF活用部材に最大限置き換えた仮想コンセプトカーの6つのケース(NCV1~6)を評価すると、従来自動車と比べて、部材製造段階や廃棄・リサイクル段階でCO2排出量が増えるケースがあったが、走行段階でのCO2排出量は大幅に削減されることがわかった。

再生可能資源への転換をポジティブにとらえる

CNFなどを社会に導入するためにはどんなことが必要ですか

CNFは、化石資源を代替するだけでなく、高機能素材としても注目されています。CNFの原料であるセルロースは、人体に対する影響が極めて低いので、医療用材料としての用途も期待されています。例えば、手術の縫合で使われる糸には、体内で分解され吸収されるものがありますが、強度が低いことや、分解されなかったときのリスクなどが課題としてあります。人体に無害で高強度のCNFは、従来の縫合糸の課題を克服する材料として期待されています。そのほか、CNFを使った創傷被覆材(患部に貼って傷口を保護したり治癒を早めたりするため医療用製品)もテストで優秀な成績を収めており、大量生産に向けて研究開発が進められています。

こうしたCNFの高機能性素材としての用途に関しては、技術開発そのものが新しい価値を生み出します。産業界にとって、化石資源の使用を減らすのは地球環境のためとは言えつらいことですが、新しい機能を生み出すのは明るい方向の技術開発です。そういう意味で、CNFの研究開発が止まってしまわないよう、育てていきたいという思いが強くあります。高機能性素材のLCAはとても難しいですが、汎用プラスチックを代替していくだけでなく、CNFの新しい機能や用途を開拓することにも目を向けて、きちんと評価していきたいと思っています。高機能性素材のLCAでは、その素材が選択肢として持続的に維持できることが評価で重要になります。

バイオマスのコスト面についてはいかがですか

現在、日本は化石資源を輸入して様々な製品を作っていますが、国内の木材を使って製品を作るようになると、経済の構造も変わります。これはLCAでは把握しきれないことなので、産業間の取引を網羅した統計表を用いて産業連関分析(IOA)という分析も行っています。IOAにより、技術導入にともなう経済への影響を調べることができます。

木材などの国内資源は、石油などの輸入資源と比べて、確かに高コストと言われます。しかし、国内資源を使えば、国内でお金が回るので、その価値は一概に価格だけで比較することはできません。国産資源の活用は、国内の需要や雇用の拡大、生態系や環境の健全化につながり、国内の経済の好循環をもたらすことが期待できます。お金の行きつく先をきちんと見ないと、ほんとうの意味で高いか安いかはわからないのです。

まだ概算ですが、国産資源を用いて国内でCNFを生産する場合の国内経済への影響を明らかにするため、同量の炭素を得るために必要なエチレン(化石資源由来)生産とパルプ(木質由来)生産の国内経済への波及効果を比較したところ、パルプのほうがエチレンよりも国内経済への波及効果が高いことがわかりました(図5)。パルプの価格が現在の2倍になっても、パルプのほうがエチレンよりも国内経済に正の影響をもたらします。つまり、パルプの価格が2倍になっても国産の木質由来のパルプから炭素資源を生産したほうが、日本経済にとっては価値が高いのです。

図5:国産資源を用いてCNFを生産したときの国内経済への影響(NEDO「セルロースナノファイバー材料のLife Cycle Assessment(LCA)等評価手法の検討及び評価」の一環として菊池研究室にて解析)

同量の炭素を得るために必要なエチレン生産とパルプ生産の国内経済への波及効果を比較すると、パルプのほうが経済への正の影響が大きい。エチレンの材料は現在の自給率で国内外から供給、パルプの主原料は100%国内自給(主原料以外は現在の自給率)の場合の分析結果。

ただし、今の産業構造のまま、国産のパルプに切り替えようとすると、材料価格が高くなるため、最終製品の価格に転嫁されない限り、組立加工業や中小企業にしわ寄せがきてしまいます。そのようなことにならないよう、経済メカニズムや産業構造を変える必要があります。簡単にできることではありませんが、国が主体となって粛々と進めていかなければいけないと思います。

特に、注意すべきなのは、バイオマス関連分野では、各国で認証の取り合いが起きていることです。持続可能な原材料を使用しているなど、一定の基準を満たす企業や製品に対して第三者機関などが国際的な認証を与え、その認証マークを目印に消費者が製品を選んだり、認証の有無を投資家が投資先選定の参考にしたりする大きな流れがあります。そうした認証制度の実装は、海外のほうが圧倒的に動きが速いのです。その中で、現状日本は欧州の認証ルールに倣う形での議論が多く展開されていますが、生態系や農林業は国によって異なるため、ほんとうに日本の農林業を持続できるのか、わかっていません。日本の生態系や産業を持続させるためには、科学的な分析とともに、必要に応じて独自のルールを打ち出すなど、産学官がいっしょになって取り組んでいかなければならないと強く感じています。

日本は世界でトップクラスの森林大国ですが、森林利用率はとても低いのが現状です。今は化石資源を使えていますが、今後、ほんとうに化石資源の使用を止めなければいけない段階になったときに、CNFなどの国内資源由来の材料を活用できるように、今から真剣に取り組んでおかなければいけません。化石資源がいずれ使えなくなるかもしれないという意識をもって、準備しておく必要があります。

(取材・構成:秦千里)

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